宮本 百合子
旭川から
十何年か前、友達が或る婦人団体の機関誌の編輯をしていたことがあった。一種の愛国団体で、その機関誌も至極安心した編集ぶりを伝統としていたのであったが、あるとき、その雑誌に一篇の童話が載った。そんな雑誌としては珍らしい何かの味をもった小篇でその作者の小熊秀雄というひとの名が私の記憶にとどまった。北海道から送られて来る原稿ということも知った。
つづけて二三篇童話がのって、次ぎの春時分の或る日突然その小熊秀雄というひとが家へ訪ねて来た。その雑誌の編輯をしていた友達と私とは、小石川の老松町に暮していたのであった。
小熊さんはそのとき北海道の旭川であったか、これまでつとめていた新聞をやめて上京して来たわけであった。やっぱり特徴のある髪の毛と細面な顔だちで、和服に袴の姿であった。そして漂然としたような話しぶりの裡に、敏感に自分の動きを相手との間から感じとってゆこうとする特色も初対面の印象に刻まれた。丁度どこかへ出かけるときで、小熊さんも一緒に程なく家を出た。
それから何年経っただろう。次ぎに小熊さんに会ったのは一九三一年ごろで、小熊秀雄さんを、小説の部門に私を包括して、その文学の歴史の波が再び互を近づけたのであった。