宮本 百合子

「うどんくい」

いろいろと材料が不足して来ている台所でも、今日の私たちは心持も体もいくらか潤う食事をこしらえてゆくことに骨おしみしてはいまい。

お米が切符になって、昨今あらゆる人々が訴えていた不安や不便はなくなるであろう。でも、お米は副食品とせよという声もきこえていて、切符で配給される米の量がその考えかたに従って計られてゆく傾きだとすると、在来の米の御飯というものへの日本人の気持は根底から変えられてゆかなければならないことともなるのだろう。

今私たちはパンも馬鈴薯もさつまいもも買えずにいるから、米を副食としてときくと、では主食品はどんな風に手に入れられるのだろうという、ぼんやりした当惑も感じるのである。

昔ながらの意味で米に執着する習慣は、この頃の現実で次第に変って来ているのだけれど、現在、米を副食として、という声が私たちの心によびさます反響は、新しい主食となり得るのは何で、それは何処にどんなにして在るのだろうという思いなのである。

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