宮本 百合子
白藤
夢で見たような一つの思い出がある。
小さい自分が、ピアノの前で腰かけにかけている。脚をぶらぶらさせて、そして、指でポツン、ポツンと音を出している。はにかんで、ほんとうに弾けるようには指を動かさないで、音だけ出しているのであった。
わきに、一人の若い女のひとが立っていた。ふっくりした二枚重ねの襟もとのところが美しい感じで印象されているが、顔だちや声やは思い出せない。何を話したのだろう、それも忘れてしまっている。ただ、若い女のひとの、幼い自分により添って立っていたほのあたたかさ、ゆたかに美しかった襟もとの感じばかりがのこされている。
何年かたった。初めて小説が発表された。それについては、嬉しいこと、いやなこと、訳の分らないことが重って十八歳の自分に折りたたまって来たのであったが、そういう頃の或る日、母が、