梶井 基次郎

ある心の風景

一

喬は彼の部屋の窓から寝静まった通りに凝視っていた。起きている窓はなく、深夜の静けさは暈となって街燈のぐるりに集まっていた。固い音が時どきするのは突き当っていく黄金虫の音でもあるらしかった。

そこは入り込んだ町で、昼間でも人通りは少なく、魚の腹綿や鼠の死骸は幾日も位置を動かなかった。両側の家々はなにか荒廃していた。自然力の風化して行くあとが見えた。紅殻が古びてい、荒壁の塀は崩れ、人びとはそのなかで古手拭のように無気力な生活をしているように思われた。喬の部屋はそんな通りの、卓子で言うなら主人役の位置に窓を開いていた。

時どき柱時計の振子の音が戸の隙間から洩れてきこえて来た。遠くの樹に風が黒く渡る。と、やがて眼近い夾竹桃は深い夜のなかで揺れはじめるのであった。喬はただ凝視っている。――暗のなかに仄白く浮かんだ家の額は、そうした彼の視野のなかで、消えてゆき現われて来、喬は心の裡に定かならぬ想念のまた過ぎてゆくのを感じた。蟋蟀が鳴いていた。そのあたりから――と思われた――微かな植物の朽ちてゆく匂いが漂って来た。

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