平出 修

計画

「昨日大川君から来たうちから、例の者を送つてやつて下さい。」亨一は何の気なしに女に云つた。畳に頬杖して、謄写版の小冊子に読み入つて居たすず子は、顔をあげて男の方を見た。云ひかけられた詞の意味がすぐに了解しにくかつた。

「静岡へですよ。」男は重ねて云つた。女はこの二度目の詞の出ないうちに、男が何を云ふのであるかを会得して居た。「さうですか。」と云はうとしたが、男の詞の方が幾十秒時間か早かつたので、恰も自分の云はうとした上を、男が押しかぶせて来たやうな心持に聞取れた。それ丈け男の詞がいかつく女の耳に響いた。不愉快さが一時に心頭に上つて来た。

「ああ、それは私の為事の一つでしたわねえ。貴方に吩付けられた。」女は居住まひを直して男の真向になつた。

「そして残酷な……。」と云ひ足して女は微に笑つた。頬のあたりにいくらか血の気が上つて、笑つたあとの眼の中には暗い影が漂つて居る。

青空文庫の作品カード