宮本 百合子

又、家

H町に近いのは、なかなか都合のよいこともある。仮令えば、何か急に客用のものを借りたい場合、病気で薬を頼みたい場合、決して調法でないことはない。が又、一方では、可成困ることがある。

自分達が、久しぶりの休日か何かで、悠くり二人限りの時を楽しもうとして居る時、不意に小林さん(書生)が来て、奥様が一寸直ぐ来て呉れ、と仰云います、等と強制される時、又、仕事のある時、小さい妹や女中が、のんきにふざけに来る場合。後者のときは、まあ自分一人の迷惑ですむ。が、前のような場合は、自分として、二重に不快と遠慮とを感じずには居られない。もう一つには、Aが、女子学習院に専任になることにもなったので、正月(一九二二年)から、自分は、又新たな住居を探すことになった。

片町からでは、単に往復するだけで、三時間余もかかる。雨の日、混雑の時、それ丈徒に神経を浪費することは決して彼の為によくない。余り精力家でないAが、不機嫌な蒼い顔をして、一日の働から戻って来るのを見るのは、良心的に堪らない。今度は、もう動かないつもりで、――大家が追い立てる迄は居る決心で――落付き場処を青山の中で見出そうと云うのである。

H町に、引越したいと云う意志を洩したのは、もう久しい以前からのことである。

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