岡本 かの子

汗

――お金が汗をかいたわ。」

河内屋の娘の浦子はさういつて松崎の前に掌を開いて見せた。ローマを取巻く丘のやうに程のよい高さで盛り上る肉付きのまん中に一円銀貨の片面が少し曇つて濡れてゐた。

浦子はこどものときにひどい脳膜炎を患つたため白痴であつた。十九にもなるのに六つ七つの年ごろの智恵しかなかつた。しかし女の発達の力が頭へ向くのをやめて肉体一方にそゝいだためか生れつきの美人の素質は息を吹き込んだやうに表面に張り切つた。ぼたんの花にかんなの花の逞ましさを添へたやうな美しさであつた。河内屋の生人形、と近所のものが評判した。

浦子は一人娘であつた。それやこれやで親たちは不憫を添へて可愛ゆがつた。白痴娘を持つ親の意地から婿は是非とも秀才をと十二分の条件を用意して八方を探した。河内屋は東京近郊のX町切つての資産家だつた。

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