宮本 百合子
余録(一九二四年より)
余録
菅公を讒言して太宰の権帥にした、基経の大臣の太郎、左大臣時平は、悪逆無道の大男のように思われて居る。
小学歴史で読んだ時から、清くやせた菅原道真に対して、グロテスクな四十男が想像されて居た。ところが、実際はそうでなかったらしい。寧ろひどく偏狭な、神経質な、左大臣の官服の下に猿のような体のあることを想わせる男ではなかったた。小さく窪んだ二つの眼を賤しく左右に配って、せかせか早口な物の云いようをしたようにも想われる。
彼の住居は八條にあった。内裏までかなり遠い。冬だと、彼はその道中に、餅の大きなの一つ、小さいのを二つ焼いて、温石のように体につけて持って行った。京の風に、焼いた餅はいくばくもなくさめる。ぬるくなると、彼は、小さい餅なら一つずつ、大きなのは半分にして、車の簾越しに投げ与えて通った。当時有名であったらしい。