宮本 百合子

無題(七)

時砲の玉みたいな製鉄炭酸瓦斯管が立って居る。水色エナメルの変圧器の上に日光がさした。その日光は窓枠の上に雑然と置かれたシクラメンの葉ばかりの鉢や、酸づけ玉菜の瓶をも照して居る。エミール・ヤニングスが世界的映画「※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)リエテ」の中で、食卓から立ってしめたと同じプロレタリアの水道栓が壁にあった。わきに幾枚も古びた外套が重ねてかけてある。外套の下に上靴と防寒靴が三足かためてあった。窓から二米はなれて湯槽があった。黒い髪だけが湯槽の外へ見えた

この間こんな絵を見た。やっぱり今ここに在る通り湯槽から頭だけが見えて居る。これは禿げた爺のロチョー部だったが、戸が一寸すいて八つの眼玉がその禿をのぞいた。――いつ出るんだろう、あの爺さん――第二図は、湯槽の横断面で、驚くながれ爺さんは湯槽で風呂をつかって居るのではなかった、彼はそこで生活して居るのだ。勿論着物のまま爺さんは膝をたてて湯槽によりかかり本をよんで居る。彼のちぢめたどた靴の先には、レーニンも照覧あれ! モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)文化象徴である石油コンロ、薬カン、人別手帖で買ったところの貴重なパンの塊、ソーセージ、――つつましき人生の全必需品がもち込まれて居るのだ。

この湯槽には、だが幸三十四度の温湯がたたえられてある。黒い東洋の髪をぬらしつつ漬って居るのは自分だ。湯槽の内にも日光は燦いた。時々、地下室の実験用犬の鳴く声が聞えた。

肝臓のために一週二度ずつ沐浴が出来る。何と楽しい課目!

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