斎藤 茂吉
接吻
一
維也納の G※(ダイエレシス付きU小文字)rtel 街は、ドナウ運河の近くの、フランツ・ヨゼフ停車場の傍から起つて、南方に向つて帯のやうに通つてゐる大街である。そこには、質素な装をした寂しい女が男を待つてゐたりした。金づかひの荒くない日本の留学生は、をりふし秘かにさういふ女と立話をすることもあつた。
西暦一九二二年の或る夏の夕に、僕はささやかな食店で一人夕食を済した。そして、いつしか一人で G※(ダイエレシス付きU小文字)rtel 街を歩いてゐた。僕はステツキも持たずに、かうべを俯して歩いてゐる。街道が大きいので、人どほりがさう繁くないやうに思はれる。平坦な街道がいつの間にか少し低くなつて、そこを暫く歩いてゐる。
太陽が落ちてしまつても、夕映がある。残紅がある。余光がある。薄明がある。独逸語には、Abendr※(ダイエレシス付きO小文字)te があり、ゆふべの D※(ダイエレシス付きA小文字)mmerung があつて、ゲーテでもニイチエあたりでも、実に気持よく使つてゐる。これを日本語に移す場合に、やまと言葉などにいいのが無いだらうか。そして、夕あかり。うすあかり。なごりのひかり。消のこるひかりなど、いろいろ頭のなかで並べたことなどもあつた。欧羅巴の夏の夕の余光はいつまでも残つてゐた。