正岡 子規
夜寒十句
虚子を猿楽町に訪ひて夜に入りて帰途に就く。小川町に出づるに男女竪にも横にも歩行きて我車ややもすれば人に行き当らんとする様なり。彼等の半は両側の夜店をあさり行くにぞある。考へて見れば今宵は五十稲荷の縁日なり。我昔こゝらにさまよひし頃は見んとも思はざりし夜店なれど、此頃は斯る事さへなつかしく店々こまかに見もて行かんと思ふに実にせんなき身とはなりけり。古き雑誌書籍売る店、歯磨石鹸など売る店、根掛丈長など売る店の並びたる中に
縁日の古著屋多き夜寒かな
それ等を離れて曲り角に小き店を出し四角な行燈を地に据ゑて片側につたやと書き片側に大きんつばと赤く書きたるも淋しげにあはれなり。
きんつばの行燈暗き夜寒かな