土井 晩翠

新詩発生時代の思ひ出

ブランデスやテイン※(小書き片仮名ヌ、1-6-82)などに其例を見る通り、文學史を書く者の中には、勝手な豫定の觀念を基とし、これに當てはまる材料のみを引用して、何とかかとか纏りを附け度がる弊風がある。漢文學史の上にも澤山の類例があらう。元遺山の編と稱せられて、そして實際其編である事は間違ひない、と思はるゝ「唐詩鼓吹」に、明末清初の錢謙益(牧齋)が序文を書いて、中に明代三百年來の詩學の弊風を攻撃し、

『あゝ唐人一代の詩各々神髓あり、各々氣候あり、然るを初唐盛唐中唐晩唐と無理に區分して、隨て之を判斷し、此が妙悟、彼が二乘、此が正宗、彼が羽翼……など、支離滅裂して、唐人の面目を千歳の上に暗からしむ』(意譯)

と嘆じ、そして此弊風は嚴羽の詩論「滄浪詩話」と高廷禮編集の「唐詩品彙」とが責を負ふ可きものであると痛論して居る。

明治文學ももう過去のものとなつて、「明治小説史」「明治詩歌史」などゝ題するものが昨今可なり多い。

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