折口 信夫
茂吉への返事
わたしはこゝで、駁論を書くのが、本意ではありません。そんなことをしては、忙しい中から、意見して下された、あなたの好意を無にすることに當りませう。其に第一、お申し聞けの箇條は、大體に於て、わたしの意表外に出たことではありませんでしたから。といふと、何だかあなたの語を輕しめる樣な、高ぶつた語氣を含んでゐる樣に、聞えるかも知れませんが、實の處、あなたのみならず同人の方々の、あゝいふ傾向の抗議のあることは、漠然と豫期しながら、あの百首の發表をしたのですから、あわたゞしく辯解しようとも思ひません。たゞ、世間にはわれ/\朋黨の意味をば取り違へて、個性を沒却した政治的の意味に、誤解してゐる人々も、ちよい/\見受けられます。それは「文藝上の朋黨」といふ小論文を書いたわたしにも、大分責任がある樣です。それで、御來旨に對して、わたし自身の生活に根ざした態度や、主張を明らかにして置くのに、却つて、都合のよい機會だ、と思つたのです。
最初にお願ひしたいのは、わたしはまだ生長の途中に在るのですから、ひとの思はくに氣をかねるなどいふ、餘裕が出來てゐない、といふことを考へに置いて頂くことです。
同人の末に連つてゐる行きがゝり上、從順な會員に、濁りを帶びた歌を見せて、趨舍に當惑させるのは、或は單純に考へれば、罪惡ともいふべきものでせう。又既成概念を以て、アララギ派の歌風を見てゐる世間に對して、風變りな歌を見せるといふことは、アララギの歴史上、かなり迷惑なことであるのは、わたしも考へないではありません。唯前にいうた、生長の途中に在るわたしとしては、甚利己的にとられ相な言ひ分ですが、會員を上衆にする前に、先わたし