三島 霜川
平民の娘
一
此の日も周三は、畫架に向ツて、何やらボンヤリ考込むでゐた。モデルに使ツてゐる彼の所謂『平民の娘』は、小一時間も前に歸ツて行ツたといふに、周三は尚だ畫架の前を動かずに考へてゐる。何を考へてゐたかといふと、甚だ漠然としたことで、彼自身にも具體的に説明することは出來ない。難然[#「難然」はママ]考へてゐることは眞面目だ、少し大袈裟に謂ツたら、彼の運命の消長に關することである。
『平民の娘』お房は、單にモデルとして彼の眼に映ツてゐるのでは無い。お房は彼の眼よりも心に能く映ツた。
お房が周三のモデルになつて、彼の畫室のモデル臺に立つやうになツてから、もう五週間ばかりになる。面も[#「面も」はママ]製作は遲々として一向に捗取らぬ。辛面影とひなたが出來た位のところである。兀も周三は近頃恐ろしい藝術的頬悶に[#「頬悶に」はママ]陥ツて、何うかすると、折角築上げて來た藝術上の信仰が根底からぐらつくのであツた、此のぐらつきは、藝術家に取りて、最も恐るべき現象で、都ての悦も満足も自負も自信も、悉く自分を去ツて了ツて、代に恐怖が來る。其所で臆病となる。そして馬鹿にえらいと思ツてゐた自分が、馬鹿にけちなつまらない者になツて了ツて、何にも爲る氣が無くなツて了ふ………爲る氣が無いのでは無い、自分の力では手も足も出ないやうに思はれるのだ。でも此様な筈では無かツたがと、躍起となツて、行る點まで行ツて見る、我慢で行ツて見る。仍且駄目だ。頭で調子が出て來ない。揚句に草臥れて了ツて、悲観の嘆息だ。此の時位藝術家の意久地の無いことはあるまい、幾らギリ/\齒を噛むだと謂ツて、また幾ら努力したと謂ツて、何のことはない、