寺田 寅彦
雑記帳より(Ⅰ)
一
フランスの絵入雑誌を見ていると、モロッコ地方の叛徒の討伐に関する写真ニュースが数々掲載されている。それらの写真の下にある説明の文句を読んで見ると「モロッコ地方の Pacification のエピソード」と云ったような言葉が使ってある。直訳なら「平和化」で、先ず「平定」とでも訳する所であろうが、とにかくフランス人らしい巧妙な措辞である。「誅戮」「討伐」「征伐」「征討」などと、武張ったどこかの国のジャーナリストなら書きたい所であろう。それを「平和化」と云ったところはやはりフランス人である。
こんなことを考えてから間もなくのことである。ある有名な日本の歴史家がその著書の中に「朝鮮征伐」という文字を使ったのが甚だ不都合だと云って、某新聞の投書欄でひどく腹を立てた人があった。歴史家も日本人なら、この投書家も日本人である。
老子にこんな言葉があった。「果而勿矜。果而勿伐。果而勿驕。果而勿不得止。果而勿強。」老子はなかなかフランス人であったと見える。