田中 貢太郎
狸と俳人
安永年間のことであった。伊勢大廟の内宮領から外宮領に至る裏道に、柿で名のある蓮台寺と云う村があるが、其の村に澤田庄造という人が住んでいた。
庄造は又の名を永世と云い、号を鹿鳴と云って和歌をよくし俳句をよくした。殊に俳句の方では其の比なかなか有名で、其の道の人びとの間では、一風変ったところのある俳人として知られていた。
庄造は煩雑なことが嫌いなので、妻も嫁らず時どき訪れて来る俳友の他には、これと云って親しく交わる人もなく、一人一室に籠居して句作をするのを何よりの楽しみにしていた。
某年の晩秋の夕のことであった。いつものように渋茶を啜りながら句作に耽っていた庄造が、ふと見ると窓の障子へ怪しい物の影が映っていた。庄造は不審に思って衝と窓の障子に手をかけたが、何人か人だったら気はずかしい思いをするだろうと思ったので、其のまま庭前へ廻って窓の外を見た。窓の外には一疋の古狸が蹲まっていたが、狸は庄造の姿を見ても別に逃げようともしないのみか、劫ってうれしそうに尻尾を掉るのであった。庄造は興あることに思って、家の中から食物を持って来て投げてやった。と、狸は旨そうにそれを食ってから往ってしまった。