新美 南吉
花をうめる
その遊びにどんな名がついているのか知らない。まだそんな遊びをいまの子どもたちがはたしてするのか、町を歩くとき私は注意してみるがこれまでみたためしがない。あのころつまり私たちがその遊びをしていた当時でさえ、他の子どもたちはそういう遊びを知っていたかどうかもあやしい。いちおう私と同年輩の人にたずねてみたいと思う。
なんだか私たちのあいだにだけあり、後にも先にもないもののような気がする。そう思うことは楽しい。してみると私たちのなかまのたれかが創案したのだが、いったいたれだろう、あんなあわれ深い遊戯をつくり出したのは。
その遊びというのは、ふたりいればできる。ひとりがかくれんぼのおにのように眼をつむって待っている。そのあいだに他のひとりが道ばたや畑にさいているさまざまな花をむしってくる。そして地べたに茶飲茶碗ほどの――いやもっと小さい、さかずきほどの穴をほりその中にとってきた花をいい按配に入れる。それから穴に硝子の破片でふたをし、上に砂をかむせ地面の他の部分とすこしもかわらないようにみせかける。
「ようしか」とおにが催促する、「もうようし」と合図する。するとおにが眼をあけてきてそのあたりをきょろきょろとさがしまわり、ここぞと思うところを指先でなでて、花のかくされた穴をみつけるのである。それだけのことである。