田中 貢太郎

魔王物語

一

日本には怪談はかなりあるけれども、其の多くは仏教から胚胎した因果物語か、でなければ狐狸などの妖怪であって、独立した悪魔のような物語はあまりない。その中にあって備後国の魔王の物語は、ちょっと風がわりであるから紹介してみよう。

寛延年間のことであったらしい。備後国三次郡布努村に稲生平太郎と云う少年武士があった。彼には己の出生前からもらわれて来て稲生家を相続することになっている新八郎と云う義兄と、勝弥と云う幼少の弟があったが、新八郎は病身と云うところから、弟とともに新八郎の実家の中山源七方へひきとられて、家には一人の僕ばかりが住んでいた。平太郎は其の時十六歳であった。藩の武芸の師範をしている吉田次郎から三年間武芸を学んで、立派な腕を持っているところから、稲生の小天狗と云われていた。

それは五月雨の降る比であった。侘しい雨が毎日降っていた。某日平太郎は雨の間を見て隣家へ遊びに往った。隣家の主人の権八はもと三の井と云う力士で、一度は紀州家の抱えとなっていた大関角力であったが、其の比は故郷へ隠退して附近の壮佼に角力の手ほどきをしてやっていた。

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