森 鴎外
寿阿弥の手紙
一
わたくしは澀江抽齋の事蹟を書いた時、抽齋の父定所の友で、抽齋に劇神仙の號を讓つた壽阿彌陀佛の事に言ひ及んだ。そして壽阿彌が文章を善くした證據として其手紙を引用した。
壽阿彌の手紙は※(「くさかんむり/必」、第3水準1-90-74)堂と云ふ人に宛てたものであつた。わたくしは初め※(「くさかんむり/必」、第3水準1-90-74)堂の何人たるかを知らぬので、二三の友人に問ひ合せたが明答を得なかつた。そこで※(「くさかんむり/必」、第3水準1-90-74)堂は誰かわからぬと書いた。
さうすると早速其人は駿河の桑原※(「くさかんむり/必」、第3水準1-90-74)堂であらうと云つて、友人賀古鶴所さんの許に報じてくれた人がある。それは二宮孤松さんである。二宮氏は五山堂詩話の中の詩を記憶してゐたのである。