豊島 与志雄
二つの途
一
看護婦は湯にはいりに出かけた。
岡部啓介はじっと眼を閉じていた。そして心の中で、信子の一挙一動を追っていた。――彼女は室の中を一通り見渡した。然し何も彼女の手を煩わすものはなかった。火鉢の火はよく熾っていた。その上に掛ってる洗面器からは盛んに湯気が立っていた。床の間にのせられてる机の上には、真白な布巾の下に薬瓶が並んでいた。机の横には、吸入器や紙や脱脂綿や其他のものがとりまとめて置いてあった。草花の鉢の土も適度に湿っていた。終りに彼女は、病人の額にのせられてる氷嚢にそっと触ってみた。指先に冷りとした感触を受くると同時に、氷の塊りが触れ合う軽い音がした。彼女はあわてて手を引込めた。それから枕頭の硝子の痰吐を覗いた。円く塊まって浮いている痰の中に、糸を引いたような血の条が交っていた。
彼女が眼を挙げると、彼女の顔を見つめている啓介の大きな眼に出逢った。