豊島 与志雄
理想の女
私は遂に秀子を殴りつけた。自然の勢で仕方がなかったのだ。
私は晩食の時に少し酒を飲んだ。私達は安らかな気持ちで話をした。食後に私はいい気持ちになって――然し酔ってはいなかった――室の中に寝転んだ。電灯の光りを見ていると、身体が非常にだるく感じられた。秀子は室の隅の小さな布団に、みさ子を寝かしつけていた。その方へ向いて私は、「おい枕を取ってくれ、」と云った。
「しッ! 赤ん坊が寝ないじゃありませんか。」と秀子は答えた。
彼女の声の方が私のよりずっと高かった。眠りかかった子供が眼を覚したとすれば、それは寧ろ彼女の声のせいに違いなかった。然し幸にも子供は眼を覚さなかった。私は我慢して待っていた。所が秀子はいつまでも起き上ろうとしなかった。私は雑誌を五六頁読んだ。それから秀子の方を見ると、彼女は子供に乳を含ましたまま、いつしか居眠ってるらしかった。