豊島 与志雄

未来の天才

幸福というものは、何時何処から舞い込んでくるか分らない。それをうまく捉えることが肝要なのだ。――あの朝、遅くまで寝床に愚図々々してた時、天井からすっと蜘蛛の子が降りてきた。あるかなきかの細い一筋の糸を伝って、風よりも軽いちっちゃな蜘蛛の子が、室の中に澱んだ空気の間をぬけて、すーっと降りてくる拍子に、私の顔へぼやりと落ちかかった。微妙な一種の感触――それもあるかなきかの――に、ふっと眼を開くと、糸をたぐりながらくるくると動かしている手足の中にまるまった灰白色の蜘蛛の子は、私の顔から二三尺上の宙に浮んでいて、だんだん上へ昇ってゆく、と思ううちに、もう見えなくなってしまった。その瞬間に私は、「これは縁起がいいな」と思った。後で考えると、朝蜘蛛は縁起がいいということを聞いたようでもあるし、天井から降りてくる蜘蛛は凶兆だということを聞いたようでもあるが、兎に角、あの瞬間に縁起がいいと思ったのが仕合せだったのだ。なぜなら、そんな筈はない訳だけれども、それでも何となく私には、そう思ったために伯父の手紙も私の手にはいったように考えられてならないのである。――それから一時間とたたないうちに、伯父の手紙が私の手許に届いたのだった。

私は机の抽出から洋封筒を取出してみた。中をあらためると、やはり十円紙幣が五十枚ちゃんとはいっていた。その束を掌の上にのせてみると、軽やかな中にも何だかずっしりとした重みを含んでるようだった。私はその一枚をぬき取って仔細に眺めた。冠を頂いた誰かの肖像や神社などを刷り込んだ表面よりも、凡てが模様化された裏面の方がずっといいと思った。それから、全体の色と紙質とが非常にいい。両

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