豊島 与志雄

野ざらし

一

「奇体な名前もあるもんですなあ……慾張った名前じゃありませんか。」

電車が坂道のカーヴを通り過ぎて、車輪の軋り呻く響きが一寸静まった途端に、そういう言葉がはっきりと聞えた。両腕を胸に組んで寒そうに――実際夕方から急に冷々としてきた晩だった――肩をすぼめていた佐伯昌作は、取留めのない夢想の中からふと眼を挙げて見ると、印半纏を着た老人の日焼した顔が、髭を剃り込んだ※(「臣+頁」、第4水準2-92-25)をつき出し加減にして、彼の横から斜上の方を指し示していた。其処には、車掌と運転手と二つ並んだ名札の一つに、木和田五重五郎という名前が読まれた。

「私はこれで日本六十余州を歩き廻ったですが、こういう名前に出逢ったなあ初めてでさあ。ゴジューゴロー……何とか読み方があるんでしょうが……慾張った名前ですな。私は七十になりますがね……。」

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