豊島 与志雄
変な男
一
四月末の午後二時頃のこと、電車通りから二三町奥にはいった狭い横町の、二階と階下と同じような畳数がありそうな窮屈らしい家の前に、角帽を被った一人の学生が立止って、小林寓としてある古ぼけた表札を暫く眺めていたが、いきなりその格子戸に手をかけて、がらりと引開けるなり中にはいった。其処の土間から障子を隔てた、玄関兼茶の間といった四畳半の、長火鉢の前に坐っていた女主人の辰代が格子戸の音に振向きざま、中腰に二三歩して、片膝と片手とを畳につき、するりと障子を引開けてみた。が、互に見知らぬ顔だった。
「甚だ突然ですが、実は……。」
出迎えが余り早かったので学生は一寸面喰った形で、そう云い出したまま後は口籠ったのを、辰代は人馴れた調子で引取った。