豊島 与志雄
春
五月初旬の夜です。或るカフェーの隅っこで、髪の毛の長い痩せた二人の男が酒をのんでいました。一人は専門の小説家で、一人は専門の文芸批評家です。小説家の方は、これから取掛ろうとする創作に思い悩んでいるし、批評家の方は、面白い批評の材料はないものかと考え悩んでいる、そういった気持から、街路で出逢ったのが別れ難くなり、カフェーにはいってお茶でも一杯飲むつもりなのが、場所柄にもなくつい酒となったような有様です。
で、二人はそこで、豆をかじりながら酒を飲んでいました。そして話は次第に専門の事柄に落ちていきました。女中はつまらなそうに向うへ遠のきました。他に客の少ない半端な時間でした。二人は落付いてゆっくり話すことが出来ました。咲き後れた葉桜の大きな一枝が、横手の卓子にぽつねんとしていました。
「早速書かなくちゃならないものが一つあるんだけれど、どうもうまくまとまらなくて困ってる。」と小説家は云い出しました。
「ほう。」と批評家は眼を光らしました。