豊島 与志雄

溺るるもの

一 或る図書館員の話

掘割の橋のたもとで、いつも自動車を乗り捨てた。

眼の届く限り真直な疏水堀で、両岸に道が通じ、所々に橋があって、黒ずんだ木の欄干が水の上に重り合って見える。右側は大きな陰欝な工場、左側は小さな粗末な軒並……。その軒並の彼方、ぼうっとして明るみの底、入り組んだ小路の奥に、燐光を放ってる一点があった――彼女がいた。

燐光……そんな風に私は彼女を感じた。

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