豊島 与志雄
田舎者
「ドラ鈴」がこのマダムのパトロンかどうかということが、四五人の常連の間に問題となっていた時、岸本啓介はそうでないということを――彼にしてみれば立証するつもりで――饒舌ってしまった。第一、みんなが、たとい酔っていたとは云え、さも重大事件かなんぞのように、夢中になって論じあってるのが滑稽だった。――「ドラ鈴」はめったに姿をみせることはなかったが、たまにやって来る時には、いつも酒気を帯びている。そのことが結局、ふだん白面の時には、マダムがどんな客にも一歩もふみ込ませないほど堅守してる裏口から、こっそり忍びこむことを証明するわけで、また、誰もそうした「ドラ鈴」の姿を一度も見かけたことがないのが、逆に、彼が用心深くそういうことをしてる証拠になるし、或は、マダムの方から出かけていってどこかで逢っている証拠になる、というのであった。二人のそうした関係は、人中でのその様子を見ればすぐに分る、というのだった。「ドラ鈴」は扉を押して一歩ふみこむと、そこに一寸足をとめて、自分の家だと云わんばかりの落付いた微笑を浮べ、室の中をじろりと見渡し、奥でも手前でも隅っこでも、どこということなしに、空いている席を物色して、そこへつかつかと腰を下しに行くのである。その、マダムへもサチ子へもまた他の客にも目をくれず、場所を択ばずにただ空席へ歩みよる態度が、こうした小さなバーでは、よほどの自信と確信とがなければ出来ない芸当で、そして彼はそこにゆったり腰を落付けて、先ず煙草に火をつけるのである。するとマダムが、スタンドの奥から急いで出ていって、ばかに丁寧なようなまた馴々しいような曖昧な会釈をする。彼はゆるやかな微笑で軽