豊島 与志雄

椎の木

一

牧野良一は、奥日光の旅から帰ると、ゆっくり四五日かかって、書信の整理をしたり、勉強のプランをたてたりして、それから、まっさきに、川村さんを訪れてみた。

川村さんはもう五十近い年頃で、妻も子もなく、独りで老婢をやとって暮していた。学者だが、何が専門で何が本職だか分らなかった。書斎にはいろんな書物がぎっしり並んでおり、雑誌や新聞に詩や批評や随筆などいろいろなものを書き、私立大学に少しばかり勤めていた。ひどく真面目なところと出たらめなところとがあった。その川村さんを、良一は尊敬もし好きであった。自分の遠縁にあたるのが自慢だった。

風のない薄曇りの日で、雪にでもなりそうな底冷があった。良一はマントの襟を立てて、川村さんの家へ急いだ。

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