豊島 与志雄

肉体

「なんだか……憂欝そうですね。」

さりげなく云われたそういう言葉に、私はふっと、白けきった気持になって、酒の酔もさめて、自分の顔付が頭の中に映ってくることがあります……。私が鏡を見るのは、髯をそる時、髪をなでつける時、まあそんなものですが、それよりももっとはっきりした鏡が頭の中にあって、それに自分の顔付が映ってきます。――頬は酒の酔に赤くほてっているのに、額に薄暗い影がかかっていて、眼尻にいくつも小皺がより、厚い唇がだらしなく開き、そして眼付が、物珍らしそうにきょろきょろあたりを見廻したり、またぼんやり曇ったりします。その全体が……そう……やはり憂欝そうですね。……以前はこんなじゃありませんでした。ついこの頃のことです。

負けた……一言で云えばそういう気持です。しかも、それがばかげていて、どうもやりきれません。

はじめのうちは、私は気にもとめませんでした。万事がすらすらと運んで、聊か得意だったほどです。

青空文庫の作品カード