豊島 与志雄

潮風

棚の上に、支那の陶器の花瓶があった。いつも使われることがないので、俺はその中に綿をもちこんで、安楽な居場所を拵えておいた。その晩も、夜遅く、その中にはいってうとうとしていると、急に何か物音や人声がしたので、花瓶の口からのび上って、見ると、片野さんがとびこんできてるのだった。

片野さんは酔っていた。一つ所に立ってることが出来ず、それかって椅子に掛けるのも面倒くさいらしく、ストーヴのまわりをふらふら廻っていた。

「今迄、どこを歩いてらしたの。」と芳枝さんが、きつい眼付をしてみせた。

「今迄? 何をねぼけてるんです。歩いてるのは今だけだ。第一、どこか、ぬれてますか。さあ、ぬれてるかぬれてないか、歩いてた証拠があるかないか、見てごらんなさい。だが、実は歩きたかった。霧のような雨が降っていて、いい晩ですよ。そいつを、むりに自動車にのっけるもんだから……。意趣晴らしだ、一杯のまして下さい。」

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