豊島 与志雄

秋の幻

或る田舎に母と子とが住んでいた。そして或る年の秋、次のようなことがあった。――

「もう本当に天気がよくなったのでしょう。」

「そうね。」

母と子とは、或る朝そんな会話をした。そして二人共晴々した顔を挙げて、青く澄んだ大空を見上げた。大空を見上げる前彼等の視線は、広い野の上を掠め、野の向うに聳立っている山の頂を掠めた。そして今、視線が更にその上の青い大空のうちに吸い込まれると、彼等は何とはなしに微笑みを洩した。

青空文庫の作品カード