豊島 与志雄
文学以前
A
現に中央アラビア国の元首で、全アラビア人の信望を一身に担い、モハメッドの再来と目せられて、汎回教運動に多大の刺戟を与えている怪傑、イブン・サウドが、二十数年前、中央アラビアの砂漠の中を、少数の手兵を率いて疾駆していた頃の話である。
当時、イブン・サウドは三十三四歳の血気盛り、出没自在を極め、幾度か危険に瀕しても屈しなかった。強大なアジマン族が四方の村々を侵している時、彼はひそかに兵を集め、急遽強行軍を決行して、アジマン族を追跡し、その不意を襲った。
夜明け前のこと、アジマン族も急を知って応戦した。イブン・サウドは徒歩で銃を執り、軍の先頭に立っていたが、近距離からの敵の一弾を股に受けた。出血はげしく、立っているに堪えなかった。このために全軍はためらい、そのひまに敵は逃げのびた。