豊島 与志雄

楊先生

楊先生――私達の間では彼はいつもそう呼ばれた。一種の親しみと敬意とをこめた呼称なのである。父は日本人で、母は中国人であって、中華民国に国籍がある。

長らく東京の本郷区内に住んでいたが、最近、関西方面へ飄然と旅立っていった。恐らく、中国へ帰るつもりでいるらしいと、私には思える。追想は深い。

この楊先生を、今年の三月の或る夕方、私は通りがかりに訪れてみたことがある。

「只今、お仕事中ですから、こちらへ御通り下さい。」

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