豊島 与志雄

無法者

志村圭介はもう五十歳になるが、頭に白髪は目立たず、顔色は艶やかで、そして楽しそうだった。十年前に妻を亡くしてから、再婚の話をすべて断り、独身生活を続けている。二人の子供の世話と家事の取締りは、遠縁に当る中年の女がやってくれるし、その下に二人の女中が働いているので、彼はいつも自由でのんびりしていた。

実業界に活躍していた亡父の余光で、彼は各方面に知人が多く、幾つかの会社に関係しており、暇な時間は読書に耽り、和歌を作り随筆めいたものをも書いた。著書が数冊あって、この方面では、一般文学者なみに「先生」と呼ばれていた。つまり、羽振りのいい紳士であり、幸福な文化人なのだ。酒色に金を浪費することは厭わないが、他人への単なる金銭的援助は拒否した。

外出する時は、上衣の胸ポケットから絹麻のハンカチを覗かせ、籐のステッキを携えた。ネクタイをしばしば取換えた。

フグの季節になると、彼は友人を誘って、時には一人で、フグ料理屋に通った。もっとも、フグは一年中食べられるものだが、彼は東京の風習に従って、だいたい十一月から二月までをその季節としていた。

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