寺田 寅彦
学位について
「学位売買事件」というあまり目出度からぬ名前の事件が新聞社会欄の賑やかで無味な空虚の中に振り播かれた胡椒のごとく世間の耳目を刺戟した。正確な事実は審判の日を待たなければ判明しない。
学位などというものがあるからこんな騒ぎがもち上がる。だからそんなものを一切なくした方がよいという人がある。これは涜職者を出すから小学校長を全廃せよ、腐った牛肉で中毒する人があるから牛肉を食うなというような議論ではないかと思われる。
こんな事件が起るよりずっと以前から「博士濫造」という言葉が流行していた。誰が云い出した言葉か知れないが、こういう言葉は誰かが言い出すときっと流行するという性質をはじめから具有した言葉である。それは、既に博士である人達にとっても、また自分で博士になることに関心をもたない一般世人にとっても耳に入りやすい口触わりの好い言葉だからである。ただ、これから学位を取ろうとしている少数の若い学者と、それらの人々の学位論文を審査すべき位置にある少数の先輩学者との耳には一つの警鐘の音のように聞こえる言葉である。
しかし、この流行言葉を口にする人の中で、本当に学位濫造の事実があるかないかを判断するだけの資料と能力をもっている人がどれだけあるかは極めて疑わしいと思われる。