桑原 隲蔵

支那人弁髪の歴史

一

中華民國が成立してから殆ど一週年、黄龍旗が五彩旗と變つたと共に、支那人の辮髮も次第に散髮と變じ、清朝最後の皇帝であつた宣統帝すら、昨夏既に辮を解いたと傳へられて居る。名物の辮髮がその影を中華全土に絶つに至るは、或は遠き將來であるまいと思はれる。

この名物の支那人の辮髮は、世間で普通に考へられて居るやうに、決して清朝からはじまつたものではない。遙かその以前の金時代、即ち今より約八百年前に實行されたこともある。金以前にも辮髮種族が支那内地を占領して、國を建てたことがあるけれども、當時果してその領内の漢人が辮髮したか否かは判然せぬ。内地在住の漢人が、明に辮髮したのは、金以來のことである。

金即ち女眞は辮髮種族であつた。その辮髮に就いては、宋の陳準の『北風揚沙録』(1)に、

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