豊島 与志雄

碑文

ある河のほとりに、崔という豪家がありました。古い大きな家ですが、当主の崔之庚が他から買い取って住んでいるのでした。

崔之庚は六十歳ばかりの矍鑠たる老人で、一代で富をなしたのだといわれています。大地主で、農産物の売買などもしていますが、大体閑散な生活を送っていて、時々旅に出ることがありました。他の土地に第二第三の夫人たちがいるとの噂もありました。また、済南の紅卍字教の母院と青島の后天宮によくお詣りをするとの噂もありました。

崔之庚が自慢にしているものが二つありました。

一つは、高さ二尺ばかりの円い壺で、年代のほども分らない古ぼけたものでした。ただ古いというだけで、美術品としての価値はありませんが、崔之庚はそれを飾り床の上に据えて、大切にしていました。――昔彼が青島の一漁夫にすぎなかった頃、沖で魚網を投ずると、魚は一尾もはいらず、重い壺が一つかかってきた。天から授ったその壺の中には、金銀が一杯はいっていたという。そういう因縁が、親密な者には彼自身の口から語られる、その壺だったのであります。

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