豊島 与志雄

画舫

杭州西湖のなかほどに、一隻の画舫が浮んでいました。三月中旬のことで、湖岸の楊柳はもうそろそろ柔かな若葉をつづりかけていましたが、湖の水はまだ冷たく、舟遊びには早い季節でありました。通りかかりの漫遊客が、季節かまわず舟を出すことはよくありました。けれども、いま、この画舫は、そうした旅客のものではなく、名所を廻り歩くこともせず、長い間湖心にただよっていた後、東の岸へ戻って来ました。

船着場へつきますと、画舫から、陳家の子供である姉弟の瑞華と文※(「王+奇」、第3水準1-88-6)とが、元気よく飛び出してきました。次に、上海から此処の別荘に来てる張金田が、肥え太った姿を現わしました。そしてあとがちょっととだえました。張金田は振向いて、舟の屋形の下を覗きこみました。

舟の奥から、静かな声がしました。

「ちょっと、片づけものをしまして、じきに参ります。子供たちへお約束の品を買って頂いてますうちに、お先に宅へ戻っておりますから……。」

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