豊島 与志雄

白木蓮

桃代の肉体は、布団の中に融けこんでいるようだった。厚ぼったい敷布を二枚、上に夜着と羽根布団、それらの柔かな綿の中に、すっぽりとはいっているので、どこに胴体があるのか四肢があるのか、見当がつかない。実は、体躯はそこにあるに違いないが、それも既に、死の冷却と硬直と分解に委ねられているだろう。それは彼女の肉体ではない。――肉体の喪失を、私はそこに感じた。

彼女の枕辺近くに坐った時の、その感じは奇妙なものだった。私は彼女に告別に来たのだが、彼女の肉体はそこになかった。それでも、彼女はそこにいた。彼女の顔がそこにあった。白布をかぶり、髪の毛を解き流しにして、仰向けに、長い枕の上に埋まっている。

その顔の白布を、喜美子はそっとまくった。死顔を私に見せるつもりらしい。だが、彼女はすぐ堪えきれなくなって、白布を元に戻し、涙をほろほろとこぼし、声を立てずに泣いた。雨が降るような自然な泣き方だ。

私は数秒、死顔を見た。殆んど生前通りだった。誰がしたのか、唇には紅がぬってある。眼も凹んでいず、閉じた瞼に、長い睫毛が並んでいる。ただ、頬の肉附が、指で押したらそこだけ凹みそうな工合だ――。急性肺炎で倒れてから三日間、手当のひまもないほど急に、心臓の働きがとまってしまった由である。

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