芥川 竜之介
岩野泡鳴氏
何でも秋の夜更けだつた。
僕は岩野泡鳴氏と一しよに、巣鴨行の電車に乗つてゐた。泡鳴氏は昂然と洋傘の柄にマントの肘をかけて、例の如く声高に西洋草花の栽培法だの氏が自得の健胃法だのをいろいろ僕に話してくれた。
その内にどう云ふ拍子だつたか、話題が当時評判だつた或小説の売れ行きに落ちた。すると泡鳴氏は傍若無人に、
「しかし君、新進作家とか何とか云つたつて、そんなに本は売れやしないだらう。僕の本は大抵――部売れるが、君なんぞは一体何部位売れる?」と云つた。
芥川 竜之介
何でも秋の夜更けだつた。
僕は岩野泡鳴氏と一しよに、巣鴨行の電車に乗つてゐた。泡鳴氏は昂然と洋傘の柄にマントの肘をかけて、例の如く声高に西洋草花の栽培法だの氏が自得の健胃法だのをいろいろ僕に話してくれた。
その内にどう云ふ拍子だつたか、話題が当時評判だつた或小説の売れ行きに落ちた。すると泡鳴氏は傍若無人に、
「しかし君、新進作家とか何とか云つたつて、そんなに本は売れやしないだらう。僕の本は大抵――部売れるが、君なんぞは一体何部位売れる?」と云つた。