豊島 与志雄
紫の壜
検察当局は私を、殺人罪もしくは自殺幇助罪に問おうとしている。私は自白を強いられている。だが、身に覚えないことを告白するのは、嘘をつくことだ。この期に及んで嘘をつきたくはない。軍隊生活では平然と嘘をつくことを教えられてきた。それを清算したい意味もあるのだ。私は真実だけを語りたい。
それにしても、当事者の私にとって明瞭な真実は、如何に僅かな些細なものであることか。それが私の悲しい不幸だ。しかもその僅少な真実の中に、なんとも恥しくて言いにくい事柄が含まっている。その事柄を中心に局面が転回したとも見える。どうしてあのようなばかなことを私はしたのだろう。
私はすっかり打ち拉がれていた。そして悲愴なものが胸に溢れていた。
「北海道へはいつ発つの。知らしてね。上野駅まで送っていくわ。」