坂口 安吾
青鬼の褌を洗う女
匂いって何だろう?
私は近頃人の話をきいていても、言葉を鼻で嗅ぐようになった。ああ、そんな匂いかと思う。それだけなのだ。つまり頭でききとめて考えるということがなくなったのだから、匂いというのは、頭がカラッポだということなんだろう。
私は近頃死んだ母が生き返ってきたので恐縮している。私がだんだん母に似てきたのだ。あ、また――私は母を発見するたびにすくんでしまう。
私の母は戦争の時に焼けて死んだ。私たちは元々どうせバラバラの人間なんだから、逃げる時だっていつのまにやらバラバラになるのは自然で、私はもう母と一緒でないということに気がついたときも、はぐれたとも、母はどっちへ逃げたろうとも考えず、ああ、そうかとも思わなかった。つまり、母がいないなという当然さを意識しただけにすぎない。私は元々一人ぽっちだったのだ。