坂口 安吾
道鏡
日本史に女性時代ともいふべき一時期があつた。この物語は、その特別な時代の性格から説きだすことが必要である。
女性時代といへば読者は主に平安朝を想像されるに相違ない。紫式部、清少納言、和泉式部などがその絢爛たる才気によつて一世を風靡したあの時期だ。
けれども、これは特に女性時代といふものではない。なぜなら、彼女等の叡智や才気も、要するに男に愛せられるためのものであり、男に対して女の、本来差異のある感覚や叡智がその本来の姿に於て発揮せられたといふだけのことだ。
つまり愛慾の世界に於て、女性的心情が歪められるところなく語られ、歌はれ、行はれ、今日あるが如き歪められた風習が女性に対して加へられてゐなかつたといふだけのことだ。とはいへ、今日に於ては、歪められてゐるのは男とても同断であり、要するに男女の心情の本性が風習によつて歪められてゐる。