坂口 安吾
流浪の追憶
(一)
私は友達から放浪児と言はれる。なるほどこのところ数年は定まる家もなく旅やら食客やら転々としたが、関東をめぐる狭小な地域で、放浪なぞと言ふほどのものではない。地上の放浪に比べたなら私の精神の放浪の方が余程ひどくもあり苦痛でもあつた。然しそれはこゝに書くべき事柄ではない。
放浪といふほどでなくとも、思ひだすと、なるほど八方に隠見出没した自分の姿に呆れないこともない。然しながらどこの風景がどうであつたといふことになると皆目手掛かりのない市や町がある。それはみんな酒のためだ。
小田原の牧野信一さんの所に暫くころがつてゐたことがある。初夏であつた。たまに海へは散歩に行つた。大概ぼんやり一室に閉ぢこもつてゐるだけだが(私は旅にでてもいつもさうだ)すると牧野さんが時々庭球選手のやうな颯爽たる服装でやつてきて、おい昆虫採集に行かうと言ふ。牧野さんの昆虫採集も古いものだが未だに根気よく凝つてるらしい。あの頃は病膏肓の時だつた。私は一匹の揚羽蝶をつかまへただけで、昆虫の素ばしこさには手を焼いてゐるから、彼の活躍の後姿を眺めながら煙草をふかしてゐるのであつた。小田原の山は蜜柑等の灌木だけで高い樹木が全くないから陰がない。そして空が澄んでゐる。牧野さんの精神の抒情には靄といふものが殆どないのは彼を育てたこの風景のせゐだらうと私は考へてゐる。