梶井 基次郎
蒼穹
ある晩春の午後、私は村の街道に沿った土堤の上で日を浴びていた。空にはながらく動かないでいる巨きな雲があった。その雲はその地球に面した側に藤紫色をした陰翳を持っていた。そしてその尨大な容積やその藤紫色をした陰翳はなにかしら茫漠とした悲哀をその雲に感じさせた。
私の坐っているところはこの村でも一番広いとされている平地の縁に当っていた。山と溪とがその大方の眺めであるこの村では、どこを眺めるにも勾配のついた地勢でないものはなかった。風景は絶えず重力の法則に脅かされていた。そのうえ光と影の移り変わりは溪間にいる人に始終慌しい感情を与えていた。そうした村のなかでは、溪間からは高く一日日の当るこの平地の眺めほど心を休めるものはなかった。私にとってはその終日日に倦いた眺めが悲しいまでノスタルジックだった。Lotus-eater の住んでいるといういつも午後ばかりの国――それが私には想像された。
雲はその平地の向うの果である雑木山の上に横たわっていた。雑木山では絶えず杜鵑が鳴いていた。その麓に水車が光っているばかりで、眼に見えて動くものはなく、うらうらと晩春の日が照り渡っている野山には静かな懶さばかりが感じられた。そして雲はなにかそうした安逸の非運を悲しんでいるかのように思われるのだった。
私は眼を溪の方の眺めへ移した。私の眼の下ではこの半島の中心の山彙からわけ出て来た二つの溪が落合っていた。二つの溪の間へ楔子のように立っている山と、前方を屏風のように塞いでいる山との間には、一つの溪をその上流へかけて十二単衣のような山褶が交互に重なっていた。そしてその涯には一本の巨大な枯木をその巓に持っている、