坂口 安吾
囲碁修業
(一)
京都の伏見稲荷の近辺に上田食堂といふのがある。京阪電車の「稲荷」といふ停留場の西側出口に立つと、簡易食堂、定食十銭と書いて、露路の奥を指してゐる看板が見える。去年の秋から、その下へ、囲碁倶楽部といふ看板がふえた。僕が京都へ残して来た仕業である。看板の指し示す袋小路のどん底に、白昼もまつくらな簡易食堂があり、その二階が碁会所だつた。
書きかけの長篇小説の原稿をふところに入れて、僕が京都へ行つたのは、去年の一月末日だつた。始め隠岐和一の嵐山の別宅へ行つたが、のち、隠岐の探してくれた伏見のしもたやの二階へ移つた。ここへ弁当の仕出しをしてくれたのが上田食堂で、やがて食堂の二階に空室があるからと云ふので、これは好都合とそこへ移つた。
そのころ僕は田舎初段に井目置いて勝味のない手並であつた。食堂の親爺は、その僕に井目置いて、こみを百もらつて、勝てないのである。そのくせ碁が夫婦喧嘩の種になるほど大好きだ。好きこそ物の上手なれといふ諺が、物の見事に空理である。