坂口 安吾
作者の言葉〔『火 第一部』〕
日本に戦争があってくれれば――私は二十年前から、そう考えていた。小説家としての私は、私の存命中に戦争に遭遇したいということを、半ば漠然と、しかし、半ば明確に、希望していたことは否定できない。
スタンダールなどを読むたびに、私だったら、戦争をこんな風に書きはしないだろうと考え、なんとかして存命中に戦争にお目にかかりたいと思ったのだ。
人間は平和を愛す動物でもあるが、葛藤のさけがたい動物でもある。人間の本性は葛藤の場にあらわれ、平和はそのあとの結論として出てくるにすぎないものだ。
個人同志の争いよりも、戦争は、人間の本性をもっと露骨にさらけだす。外交の謀略にくらべれば、個人同志の謀略などは問題にならない。個人は法律や義理人情や、いろいろのキヅナによって本性の露出に束縛を加えられているが、国家のうける束縛は軽微で、勝者は万能でもあり、国家の名に於てなされる陰謀は、個人の陰謀よりも人間色が濃厚なのである。