坂口 安吾
安吾巷談
一人の部隊長があって、作戦を立て、号令をかけていた。ところが、この部隊長は、小隊長、中尉ぐらいのところで、これが日本共産党というものであった。その上にコミンフォルムという大部隊長がいて、中尉の作戦を批判して叱りつけたから、中尉は驚いて、ちょっと弁解しかけてみたが、三日もたつと全面的に降参して、大部隊長にあやまってしまったのである。
これは新日本イソップ物語というようなものの一節には適している。この教訓としては小隊長の上には大隊長がいるし、その又上に何隊長がいるか分らん。軍人生活は味気ないものだ、という感傷的な受けとり方もあるだろうし、ライオンだって鉄砲に射たれるぞ、という素朴な受けとり方もあろう。各人各様、いろいろと教訓のある中で、教訓をうけつけないのが、当事者、つまり日本共産党だけ。これはイソップ物語というものの暗示する悲しい宿命だ。
私はあらゆる思想を弾圧すべからず、と考えていた。現に、そう考えているのである。無政府主義だろうと、共産主義だろうと、自由に流行させるにかぎる。なぜなら、それを選び、批判し、審判するのは、国民の自由だからである。
ところが、現在の日本共産党は、そういうわけにいかない。