国木田 独歩

竹の木戸

上

大庭真蔵という会社員は東京郊外に住んで京橋区辺の事務所に通っていたが、電車の停留所まで半里以上もあるのを、毎朝欠かさずテクテク歩いて運動にはちょうど可いと言っていた。温厚しい性質だから会社でも受が可かった。

家族は六十七八になる極く丈夫な老母、二十九になる細君、細君の妹のお清、七歳になる娘の礼ちゃんこれに五六年前から居るお徳という女中、以上五人に主人の真蔵を加えて都合六人であった。

細君は病身であるから余り家事に関係しない。台所元の事は重にお清とお徳が行っていて、それを小まめな老母が手伝ていたのである。別けても女中のお徳は年こそ未だ二十三であるが私はお宅に一生奉公をしますという意気込で権力が仲々強い、老母すら時々この女中の言うことを聞かなければならぬ事もあった。我儘過るとお清から苦情の出る場合もあったが、何しろお徳はお家大事と一生懸命なのだから結極はお徳の勝利に帰するのであった。

青空文庫の作品カード