寺田 寅彦
鸚鵡のイズム
この頃ピエル・ヴィエイという盲目の学者の書いた『盲人の世界』というのを読んでみた。
私は自分の専門としている科学上の知識、従ってそれから帰納された「方則」というものの成立や意義などについて色々考えた結果、人間の五感のそれぞれの役目について少し深く調べてみたくなった。そのためには五感のうちの一つを欠いた人間の知識の内容がどのようなものかという事を調べるのも、最も適当な手掛りの一つだと思われた。それを調べた上で、もし出来るならば、世界中の人間がことごとく盲あるいは聾であったとしたらこれらの人間の建設した科学は吾々の科学とどうちがうか、という問題を考えてみたいと思っている。そういうわけで盲人や聾者の心理というものに多大な興味を感ずるようになった。
それでこの間この書物を某書店の棚に並んだ赤表紙の叢書の中に見附けた時は、大いに嬉しかった。早速読みかかってみるとなかなか面白い。丁度自分が知りたいと思っていたような疑問の解釈が到る処に出て来た。そして更に多くの新しい問題を暗示された。
しかし私が今ここに書こうと思ったのはこの書物の紹介ではない。ただこれを読んでいる間に出会った一つの妙な言葉と、それについてちょっと感じた事だけである。